薬害肝炎訴訟に学べ
薬害肝炎訴訟に関し、福田康夫総理大臣が一律救済を実現するため議員立法を決断したとの報道が流れました。
すごいなぁ、よくここまでもってきたなぁ、と、自分が関与していない事件ではあってもジンときてしまいます。
行政訴訟とりわけ大型の政策形成訴訟に取り組む弁護士の中でよく言われることは、大型訴訟での裁判所の和解所見は解決のための大きな力になるが、裁判所は所詮権力機関であり、国が呑むことが前提での和解を勧める傾向にある、ということです。特に予算の話をされると難しくなります。ですから、私たちは、国民の権利侵害を訴える行政事件で、国側が予算の話を持ち出してきたときは、「そんなの恫喝だ」と言って憚りません。国の過失によって国民の権利を侵害したら、その保障をするのは当然のことであり、予算枠を持ち出す性質の話ではないからです。(余談ですが、そんな話を通そうと思うのなら、国庫を通じて他の国民が犠牲にならないよう、その時々の行政機関の責任者の個人責任を認めろと言うことにならなければおかしいでしょう。)
この主事件に関わっていると、司法から何を言われても知らんぷりを通そうとし、国民世論から総スカンを食っても何も感じない官僚の抵抗を見せつけられます。国民の税金で生計を立てていながら、何と不遜なことでしょうか。官僚は選挙で選ばれたわけでも何でもないのです。民主主義の社会において、官僚が国民世論に刃向かうことに正当性など微塵もありません。
情けないのは、選挙で選ばれた人たちが入る政府も、官僚の抵抗には決して強くないことです。官僚は行政作用の実働部隊ですから、その実働部隊の支持を取りつけられない政策は、官僚は予算を確保しようとする動機が働きませんし、そのため実現が難しくなるのです。
そんな閉塞状況を打開するのは、権利侵害の実態を訴え、国民の大きな支持で包囲することです。どちらの側につくのか、政府に態度決定を迫るのです。薬害肝炎の原告団は、いうまでもなく病人や遺族です。公共の場所に出て行って被害を訴えることは容易ではありません。ましてこの寒空の下で。よくぞここまではね返したものと、最大の敬意を表するとともに、これからの戦いに向けてもエールを送りたいと思います。
さて、この薬害肝炎の戦いからは、原爆症認定問題でも様々の教訓を得られます。
今、原爆症認定問題は、官僚主導の「検討会」報告と与党PTトの救済案が真っ向からぶつかり合っています。厚生労働省は、自身が設置した「検討会」の討議経過さえも無視して、現行基準の若干の見直しでの収拾を図っています。これに対して、与党PTは救済枠の拡大を目指しています。
繰り返します。民主主義国家のもとでは、官僚が政治に従わない理由はないのです。
また、立憲主義国家のもとでは、行政による判断は司法の審査を受け、司法によって否定された行政は改めなければならないのです。原爆症認定問題に関する限り、司法は大筋で行政に対して毅然とした態度を貫いています。
その意味で、現代社会では、行政は二重の縛りを受けます。
国会で来年度予算が審議されるこの重要な時期に、行政の無責任方針をかすめ取らせるわけにはいきません。司法を説得した被害実態を今一度国民世論に訴え、何が何でも政策転換を勝ちとらねばなりません。
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