労使自治と弁護士の関与
また更新が空いてしまいました。
前回(下)は労働問題への弁護士の関与が必要とされることについて書きました。今回は、そのことの問題点を考えてみたいと思います。
基本的な視点は、労使関係は一過性のものではなく(八百屋で大根を買って代金を払えばその売買はとりあえず終わります)、生活の糧を得るために労働者は働き続けなければならず、事業を続けていくためには使用者は労働者を一定期間雇用するという、継続的なものであることです。
そこでの登場人物である労働者と使用者との間には圧倒的な力関係の差がありますから、労働者一人ひとりと使用者との相対の交渉で労働条件を決めたりすると、労働者に不利になりがちです。労働者は使用者にとっては多くの場合「替えのきくもの」であるのに対し、一人ひとりの労働者にとってはそこで雇われなければ生活していくことができないという関係があるからです。
そこで、労働条件の最低限を決めるために労働基準法や最低賃金法などの法律が定められたり、労働者の団結権を保障して労働組合が使用者との交渉にあたることができるような法体系が整備されていったのです。労働組合があったりして、集団として労使交渉に当たれば、使用者とたたかう仲間が職場にいるわけですから、孤立することなく、使用者に誠実な対応を求めることができるというわけです。
それがなかなかうまくいかなくなってしまったことが、僕が弁護士が労働問題に関わるべきだと考える根拠となるのですが、この弁護士は職場にいるわけではありません。その職場の労働者としての誇りを共有しているわけではありません。専ら依頼を受けその権利侵害に共鳴し、弁護士業務の対価としての報酬を受け取って関与していくわけです。共にラインに並んだり、机を並べたりする関係の中でお互いを尊重し励まし合う関係とは本質的に異なります。ですから、継続的な労使関係に関わることには限界があります。
その限界の中で、どう力関係の構築に関与できるかが腕の見せどころということもなるのですが。
職場の中に個々の労働者を励ます仲間がいなければ、労働紛争―とりわけ解雇問題―は金銭解決で合意退職することもやむを得ないということになりがちです。使用者に刃向かって一定期間争った人が職場に戻ってもなかなか居づらいことが多かったり、場合によっては訴訟で争う人の日々の問題を指摘するような証言をするような人がいたりするのが労使紛争です。弁護士を立てようと、一人だけで戦うことの限界があります。
だから、労使自治ということが言われ、労働組合の結成が憲法上の基本的事件として謳われるのです。しかし現在組織率は低下し、労働問題は大変なことになっています。労働関係のルールを再確認するために法律家が関与し、日々の力関係の構築の手掛かりをつかんでいきながら、労使自治の基盤を色んな職場で作り上げてもらうことが僕の望んでいることなのです。
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