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2009年4月

あの芸能人の「刑事事件」―弁護士はこう見る

最近、公然わいせつ罪の現行犯として逮捕された芸能人のことが盛んに報道されています。鳩山総務大臣が「最低の人間」と言ったり、この芸能人の自宅に捜索が入ったり。捜査活動に入った赤坂警察署には市民からの苦情が殺到したという報道もあります。弁護士の目から見たら鈍なことが問題になるか、紹介してみます。
1)逮捕;必要ないと思われます。
逮捕は、後の裁判に備えて逃亡や証拠隠滅を防ぐためにするものです。著名な芸能人がそうそう逃亡生活をできるわけではありませんし、全裸で講演にいた様子は警察官が現に見ているというのですから、その警察官の目撃証言を確保すれば、それ以上隠滅する証拠はないはずです。
だいたい、公園で酔っぱらって裸で騒ぐなどという光景は、お花見シーズンになれば方々で見られるものです。そういう人たちを警察が片っ端から身体拘束していった、などという話はきいたことがありません。
2)自宅の捜索:別件捜索の疑いがあります。
捜索は、後の裁判に備えて証拠を探しに行く手続です。
今回かの芸能人が捕まった事件は「夜、公園(=不特定の人の眼に触れる可能性がある場所)で裸になっていた」という「公然わいせつ」というものです。その証拠は、上で書いたように、警察官の目撃証言で足りるはずです。それ以上、自宅に入って、「公然わいせつ」を証明するためのどんな証拠を集めてくるというのでしょう。

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刑事裁判の2つの潮流と裁判員裁判

僕は常々刑事裁判には2つの潮流があると考えています。
一つめは、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に忠実に、憲法31条で適正手続が保障された趣旨を生かそうと、警察・検察官の捜査・起訴・公判活動を厳格に吟味しようとするものです。かつて死刑再審四事件と言われた免田、財田川、松山、島田各事件での再審開始決定はまさにそうですが、最近出された痴漢えん罪事件についての最高裁判決の多数意見も基本的にこの流れに近いと思います。
もう一つは、そうではなく、検察官の主張に寄り添うように審理を行い、弱点があればそれを補うような潮流です。裁判所は公正さを装いたがりますので明言を避けますが、その背景には、自分たちこそがこの国の治安を守るのだという意識があるのだと思われます。そうだとすれば、裁判所は警察と同化していることになります。
例えば、自白、とりわけ死刑・無期懲役もあるような重大事件での自白、は犯罪を犯していない人が自白するわけがないとか、被害者とされた人が警察の取調や裁判所での証言などといった負担を背負ってでも敢えて話しているのに真実とは異なるなどというわけがないとか、そういう経験則らしきものがまことしやかに語られることがありますが、そのような発想は後者の潮流に馴染むものです。
高名な刑事訴訟法学者である故平野龍一博士は、かつて、日本の刑事裁判は「絶望的」だと評しましたが、後者の潮流が余りにも強いことを批判したものです。
私は、刑事事件、特に事実関係を争い被告人が無実を訴えている事件では、できるだけ前者の潮流に引き寄せられるよう、その手がかりを探すことに努めます。
というのも、ある裁判官が前者、別の裁判官が後者、というわけではないからです。なかなか無罪を出さないといわれる裁判官であっても、事件によってはびっくりするくらい格調高く捜査機関を批判する無罪判決を出すことがあれば、慎重な審理を尽くすといわれる裁判官であっても、いたってラフな事実認定で有罪判決を出すこともあります。要は、各の事案の特質と、疑問をもってもらうきっかけをつかめるかどうかなのです。疑問をもってもらうことが困難を極めることはよくいわれることです。

ところで、09年5月21日から裁判員裁判の実施が予定されています。

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解題・原爆症認定訴訟の3月

 しばらく更新していなかったと思ったら、原爆症認定訴訟絡みばかり6連発になってしまいました。勝訴判決・上訴、の連続です。
 それにしても、集団訴訟になってから国は16連敗を重ねてしまいました。
 とりわけ、3月12日の東京高裁判決と18日の広島地裁判決は、今までの司法判断とは質的に異なるところに到達しました。
 東京高裁判決は、わずかな線量の放射線に被曝しただけでも後年がんになる可能性があること、がん以外の病気でもがんに準じて扱うことができる場合があることを直視し、そうした病気と放射線被曝との関係が認められていれば、個々の被爆者の疾病の放射線起因性を事実上推認せよとしたものです。昨年3月に厚生労働省が策定した「新しい審査の方針」は、本来、そのような発想に立ったもののはずですが、被爆距離や疾病の範囲で不合理な線引きが残っています。東京高裁は、その点を明確に批判し、「行政がやらないなら我々がやる」と言わんばかりに「認定基準の提示」という項目まで設けて解決枠組みを提示しました。
 広島地裁判決は、今まで厚生労働省が「専門家」の審査会に判断を丸投げする格好をとっていたこと、それゆえに被爆者援護法の趣旨にそぐわない処分が重ねられたことから、厚生労働大臣の調査義務違反を認めました。審査会の意見は意見にすぎないのだから、法律を誠実に執行する責任のある厚生労働大臣は、審査会の意見が被爆者援護法に照らして不十分だと思えば再度照会するとか自分で調査するとかしなければならず、漫然と審査会の意見を聞いていさえすればいいというものではないというのです。
 いずれの判決文からは明確ではありませんが、背景には、たくさんの敗訴判決を受けながら被爆の実態に合わない行政を続けていることに対して、司法が相当苛立っていることがあるのだと思います。何より、この集団訴訟が始まってもうすぐ6年です。時間がかかりすぎています。
 国会内でも、様々な政党の議員さんが質問に立ってくださいました。 新聞も、特に各地の地方紙が被爆者救済を強く求めていました。短期間ですが、政治的な雰囲気はたいへん熱を帯びています。
 厚生労働省も、上告受理申立てや控訴の際のプレス・リリースで「5月末までに予定されている大阪高裁・東京高裁(原審東京)の一連の司法判断を踏まえて適切に対応する」と述べています。つまり、この間の上告受理申立てや控訴は単なる時間稼ぎです。
 今、被爆者や被爆者を支援する人たちに求められているのは、5月には必ず政治解決を勝ち取るという不退転の決意とその水準を少しでも高めるため、被爆の実態を知り、広め、被爆者救済と核廃絶の声を集めていくことです。

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厚生労働省の控訴に対する抗議声明

 原爆症認定集団訴訟(高知訴訟)について、去る3月27日、高知地方裁判所民事部(小池明善裁判長)が言い渡した、原告勝訴判決に対して、本日、被告厚生労働大臣が控訴した。
 高知地裁が下した判決は、2年8ヶ月に及んだ審理の経過を踏まえ、被告らに対して主張立証の機会を十分に与えた上で、「新しい審査の方針」で積極認定の範囲外とされている虚血性心疾患について原爆症と認めたものであった。これで、原爆症認定集団訴訟で国は16連敗、「新しい審査の方針」策定後だけでも9連敗となった。
 もはやDS86やしきい値論・原因確率論の機械的適用が不合理であるだけでなく、「新しい審査の方針」の不十分さも一連の判決で明らかになっている。
 このように裁判が続いているなかで、原告のうち既に64名が亡くなっている。一方、昨年4月以降原爆症の認定申請者は7800人を超えており、多数の被爆者たちが救済を待っている。被爆者救済にはもう一刻の猶予もない。
 今、厚生労働省がすべきことは、司法判断を真摯に受け止め、認定基準を被爆実態に即したものに改め、1日も早く訴訟を全面解決することである。
 それにもかかわらず、この期に及んで先日の千葉訴訟東京高裁判決に対して上告し,さらに広島地裁判決に対して控訴を行ったことに続いて、高知地裁判決に対しても控訴を行ったことは、非人道的であり、犯罪的ですらある。
 我々は、厚生労働省の不当極まる控訴に断固として抗議し、原爆症認定基準の抜本的改正、訴訟の全面解決、そして核兵器廃絶に向けて戦い続けることをここに表明する。

  2009年4月7日

      原爆症認定集団訴訟全国原告団
      日本原水爆被害者団体協議会
      原爆症認定集団訴訟弁護団全国連絡会
      原爆症認定集団訴訟高知弁護団

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