首都圏建設アスベスト訴訟、提訴
08年5月16日、東京・埼玉・千葉の建設労働者178名が、国とアスベスト含有建材メーカー46社を相手取って損害賠償を求める裁判を東京地裁に起こしました。僕たちは「首都圏建設アスベスト訴訟」と銘打っています。
今まで、僕は、中国「残留孤児」や原爆症認定をめぐる政策形成訴訟に関与してきましたが、今度もまた、司法の場で政策の是非を問い、訴訟を通じて新たな救済枠組みを追求する取り組みです。
午前中、裁判所に訴状を提出し、昼から日比谷野外音楽堂で3600人規模の集会とデモ行進を行いました。集会では、既に議員懇談会のある民主党のほか、共産党、社民党、新党日本の国会議員らが参加していました。出席者の発言の中で最も感動的だったのは、東京大気汚染訴訟の原告の連帯の挨拶でした。
曰く、11年にわたる裁判闘争の末、勝利和解を獲得した。最初、自分のことを「被害者」ということに抵抗があった。それは、「被害者」ということで自分が弱く思えてしまうからだ。しかし、自分の被害が自分一人のものではなく、自分たちの裁判闘争の成果がまだ見ぬ被害者の救済にも繋がると分かったとき、自らが「被害者」であるということに誇りを持てるようになり、戦い抜けたというのです。
これは、弁護団も支援者も言えません。そういう立場の人が言ったらお仕着せにしかならないからです。やはり、自らの体験を通じて、被害から権利へ、権利から思想へと高めていった過程を語るその言葉には迫力がありました。僕たち弁護士としても、胸に刻まなければならないと感じました。
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