原爆症認定集団訴訟で原告全員救済を求める理由
今週、原爆症認定集団訴訟・東京第一次訴訟についての高裁判決が出ました。集団訴訟で18回目の勝訴判決です。かねてより、厚生労働省は今年5月末までの一連の司法判断を踏まえて解決すると繰り返し言明してきました。もはや全面解決は待ったなしです。
東京訴訟での高裁判決は、被爆者援護法の精神として、1978年の孫振斗訴訟最高裁判決を引用して、「戦争遂行主体であった国の国家補償的措置として行われるもの」ものと位置づけました。すなわち、無謀なアジア太平洋戦争を行った結果として原爆が投下されたことの責任です。今まで数々の原爆症認定訴訟がありましたが、明確に戦争責任に言及したのは今回が初めてです。今回の東京高裁判決は、このような発想を起点に法解釈をしています。
そして、僕たちが繰り返し主張してきた、原爆被害が科学的に解明し尽くされているわけではないことに十分配慮しなければならない、ということを、「あるがままの学的状態」というやや哲学的な言い回しをして採用しました。これは、厚生労働省が、訴訟上、因果関係の証明に当たって殊更に厳格さを要求し、厚生労働省の求める水準に達しないデータはまるで「ない」ものであるかのような主張をしていたことを批判するものです。
しかも、事実認定に当たっては、64年前の客観的な証拠が乏しい特殊な状況にも十分配慮せよとしています。
被爆者が置かれていた状況に寄り添った、今まで被爆者が求め続けてきた思想を表明したものといえます。被爆者援護法の執行者である厚生労働大臣、そしてその補助職員の組織である厚生労働省の本来の出発点を明らかにしたものです。
そのような判断を獲得したうえで、原告団は、勝訴原告を速やかに認定することは勿論、未判決原告も今までの裁判例の水準による解決を、未認定原告についても救済策をとることを強く求めています。
それは、東京高裁判決が率直に認めたように、原爆被害を科学的に解明できているわけではなく、どこまでが原爆被害だという外延を切ることは不可能であること、そしてその厳格な証明を被爆者に求めることは余りにも酷なことがあります。
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