公立保育園民営化問題

夏の読書感想文~「当事者主権」の明と暗(その2―暗)

前回(画面上では下)の続きです。
なるほど、「専門家」といわれる人たちの権威に負けていると、不利益を受けることがあるという話でした。したり顔をする「専門家」の「知見」にメスを入れるのは、やはり現場の苦労であり、生の事実です。困った!という被害です。「専門家」お仕着せではなく、当事者発の要求こそが、世の中を動かしていきます。何てったって「自己決定権」です。
ただ、僕も5年近く弁護士をして、いろんな運動に関わってみた感じからすると、そうそう一筋縄ではいかない感じがしています。
運動体の組み方にしても、「当事者主権」は旧来型の上意下達ではいけないといい、個々の市民の集合体のようなものをイメージするようです。たしかに、こうすると、教条主義的に凝り固まったイデオロギーからは解放されます。こうした「市民連絡会」的な組織形態は魅力的で、そうできたらいいと思います。でも、もともと他の何かで一致している人たちでないと動き出すのが大変です。資金や資材をどうやって確保するか、という問題もあります。「とりあえずの広がり」というのもなかなか困難です。実際のところは、その辺のバランスということになりましょうか。
それよりも気をつけなければならないのは、「利用者自身による福祉」という言葉そのものには、福祉切り捨ての逆説も含まれてしまう危険性です。

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夏の読書感想文~「当事者主権」の明と暗(その1―明)

今朝、2か月ほど前に買ったきり「つん読」になっていた本を読んでみました。中西正司・上野千鶴子著「当事者主権」(岩波新書)です。2003年10月に第1刷で、僕が買ったのは2003年3月の第9刷ですから、かなり増刷されていることになります。1回何冊印刷しているのかは知りませんが。
上野千鶴子さんといえば、フェミニズム研究の第一人者としてよく知られている方です。僕も、大学の教養課程でこの思想に触れ、近代の啓蒙思想を学ぼうとする中で、「こんなの男性中心社会のものよ」といきなり相対化されてしまったという、思想遍歴的には随分な衝撃を受けたのを覚えています。
今頃この本を手に取ったのは、この夏の僕の研究テーマというか、理論立てたいことの材料があると思ったからです。それは、行政プロセスに民間人とりわけ当事者がどう関わるべきかということです。
僕は、仕事で、原爆症認定問題に携わって5年になろうとし、今年になって公立保育園の民営化問題に関わり始めました。これらに共通するのが、この問題です。
原爆症認定申請に対する審査の過程では、厚生労働省が用意した「専門家」による審査会の意見に依拠して厚生労働大臣(というか実質的には厚生労働省)が認定/却下の処分をします。公立保育園の民営化問題でも、必ずといってよいほど自治体当局が用意した「専門家」によって構成される諮問機関が登場し、その諮問結果に依拠した民営化プロセスがとられるという格好です。
なぜそのような手法がとられるというのでしょうか。行政の「客観性」「公正さ」「公平性」を維持するためだといわれます。
「当事者主権」では、(原爆症や保育の問題を取り上げているわけではありませんが、)このような「専門家」を活用する行政手法を「専門家主義」と称し、これに対抗するものが「当事者主権」だというのです。
恩恵や慈善としての福祉ではなく、利用者自身の人格の尊厳に基づき、その主体性を尊重する思想のようです。医療の世界では、既に「インフォームド・コンセント」が当たり前ではないかと指摘しています。利用者自身が福祉サービスを供給するという発想です。

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保育園訴訟、即時抗告

八千代市立保育園廃止処分取消訴訟で千葉地裁が執行停止申立てを却下しましたので、昨日(4月5日)付けで東京高裁に即時抗告しました。
言い方についてですが、もう民間移管はしてしまったので、民営化差止めは廃止処分取消に切り替わることになります。民営化取消しと表現した方がしっくりくるでしょうか。でも、みんなが選び取った公立園が公立園でなくなるのは、やっぱり「廃止」。ゆっくり考えてみようと思います。
抗告状では、近年の司法改革では司法の行政に対するチェック機能を重視しているのに、本件却下決定は行政の誤りを追認する者で司法の役割を放棄したことを批判することからはじめ、デリケートな保育現場では損害のシグナルを慎重に拾わなければ行けないこと、何か起きたらしっかりうごかなきゃいけないのに、資料を前提とする限りそういう体制が不十分であること等々を指摘し、かくなる上はともかく条例の効力を停止するべきと結論づけました。
横浜地裁でも条例の違法性を認めながら取消しは認めない事情判決、事前の執行停止も裁判所はなかなか認めようとはしません。これでは行政のやり得です。事実にしっかりと向き合い、誤っていれば誤っている、誤ったまま進めようとするのであれば勇気を持って止める。それが人権の砦である司法に求められた役割だと思うのです。今後も、この役割を意識してもらえるような訴訟活動を展開しなければなりません。

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保育園訴訟はまだまだ続く

一昨日(2月29日)、千葉地裁は、八千代市立保育園民営化差止め訴訟に関する執行停止・仮の差止め申立てをいずれも却下しました。

中心的な理由は、「市と法人との間でこういう覚え書きを交わしました。国の定める最低基準、法人の選考基準、市が父母会と定めたガイドラインを守ります。苦情窓口作ります。協議会開きます。こういうことなので、保育の質が保たれることが合理的に期待できます。」「なんかトラブルがあるような話もあるけれど、後で指導すればいいことじゃないか。」だから、別に執行停止を認めなくても重大な損害が発生することはないというのです。

こうして、それ以外の、民営化が適法かどうか、何のためにどうやってきたか、その影響は、差止めの影響は、といった大切なことの判断を回避しています。

行政が「適切に処理します」といいさえすればもう大丈夫、あとは頑張ってね、ということですよね。申立代理人としては、到底承服できません。こんなことがまかりとおるのであれば、行政訴訟など必要なくなります。三権分立なんてなくなります。

しかも、この覚書、いろんな疑問が沸いてきます。だいたい、こんなこと、覚書なんか作らなくたって当然守るようなことです。それに、移管目前なのに何故こんな程度しか決まってないのか、何故保護者を交えた手続でないのか(この審理で初めて出てきた)。等々。

今日、原告団と協議し、抗告の方針を確認しました。本訴でも、さらなる主張立証を続けます。

それにしても、愛する子どもを守ろうとするママさんたちはやはり強い。今日の会合では、僕の方が元気づけられました。残留孤児国賠で敗訴後に原告団と会合したときもそうでしたが、真実を背負って要求を掲げる人たちはヤワじゃありません。

ともかくこうして民間移管が始まります。何事もないことを祈るばかりです。

何かあったとき、こんな判断をした裁判所がどう責任をとってくれるのかは分かりませんが。

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八千代市立保育園民営化差止訴訟・第1回弁論

が、昨日、千葉地裁でありました。

この種訴訟では必ずと言っていいほど行う、意見陳述をやりました。

原告2名と原告代理人1名です。やはり、原告本人の肉声による訴えは感動的です。僕が保育運動に関わるのは、この裁判を受任してからですが、日頃住民運動やなんかは関係ないと思っていたママ・パパが、わが子のために誰よりも強くなる姿は、見る人、聞く人の心を打ちます。

なぜ民間保育園ではなく公立保育園がよかったか。身分の安定した保育士さんたちがきめの細かい保育をしてくれた。それがわずか3か月の引継でかわってしまう。こんなことがあっていいのか。大丈夫なのか。現にいろんなトラブルがある。市の対応は「もう決まったこと」の一点張り。私の子はどうなるの? 議会で通った以上、もう裁判しかない。

これを司法が受け止めなくてどうする。ここで司法が動かなくてどうする。司法は、多数決原理に押しつぶされる個人の尊厳を回復するためにある。本件で司法に期待されるのは、行政の暴走を止めること。これが弁護団の意見陳述の要諦です。

私たちは、早期解決を求めて、計画審理を裁判所に要請しました。計画審理は、まかり間違えばベルトコンベアーになる危険がある。でも、物言えぬ子どもたち、日々成長する子どもたちのことを思えば、チンタラ訴訟している場合ではありません。スピーディーに訴訟を進行させることを前提に、裁判所を説得しなければならないのです。

裁判所も、計画審理のアイデアに乗ってきました。とにかく、やります。ことはかねの問題ではない、かけがえのない子どもの保育の問題なのです。

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公立保育園民営化差止訴訟大きく報道

昨日、千葉県弁護士会館で、保育園民営化差止訴訟の記者会見を開きました。

8紙の記者がきて、関心の高さが窺われました。

うち5紙が記事になっていました。なかなか扱いが大きいです。

八千代市立保育園民営化差止訴訟に関する07年3月9日付新聞記事はこちら

市側から6日付で出てきた意見書に対しても、こちら側はまとめた反論を今日提出し、市側からの再々反論を待って、いよいよ判断ということになります。

1月から3月までが引継期間ということですが、既に様々な問題が出てきています。このまま移管してしまって本当にいいのか?が問われています。現場の生の声を伝えるように努めてきましたが、それが裁判所にどこまで届くのか。

執行停止や仮の差止めが認められなければ、本案訴訟の判決まで事態は動いてしまいます。それでは一日一日を生きている園児・保護者は困ってしまいます。

実は、今が正念場です。

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保育園民営化を止める!

八千代市立保育園の民営化差止め訴訟が、大変な局面を迎えています。
4月1日の民間移管を前に、本訴の審理を待つことなく、保育園廃止条例の執行停止と仮の差止めを求めています。
申立ては今年2月8日。昨日(3月6日)に、市からの意見書が届きました。ひどい内容です。事実の説明も証拠に基づかないものが目立ち、理論的にもおかしな点がとても多いのです。

目を疑ったのは、こういうもの。(公立保育園の廃止を内容とする)「条例の制定過程に当たっては、保護者の意見を集約する必要があるとの主張は争う。」という趣旨のもの。
おいおい。一番影響を受ける人たちなんか関係ないっていうのでしょうか。ずいぶんな話です。
ちょうど昨日夕方は、そろそろ意見書が来るだろうということで打合せをしました。夜10時近くまで議論して、朝までかけて反論書面を起案しました。
でも、まだまだ証拠を探して出さなくては。こういうときはなりふり構いません。出せるものはそろい次第ばんばん出していきます。
なにしろ生身の子どもの話です。無茶な民営化で大事な子どもの人格形成に問題が起きたら取り返しがつかないのです。
明日は記者会見をします。
第1回口頭弁論は2007年3年27日午後2時から。原告団2名と代理人の意見陳述を予定しています。

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公立保育園の民営化に抗する一里塚

僕は、千葉県八千代市の公立保育園の民営化を差止める訴訟の原告(民営化をやめさせたい人たち)の代理人になっています。

その支援者からもたらされた情報によると、2007年2月27日、神戸地裁は、神戸市立保育園を民営化する条例について、これを仮に差し止める決定を出したとのことです。

仮の差止めというのは、2004年に改正された行政事件訴訟法によって新たに定められた制度です。これは、行政がゴリゴリ施策を進めるときに、実際には凄い被害が出ているときに、とにかく止めろやという制度です。行政がゴリゴリやろうとしていることを司法が止めろというのですから、それはもぁ凄い制度です。

今、全国的にそこら中の自治体で公立保育園の民営化が計画されています。

保育園の経営は、自治体にとってのそれなりの支出が求められている部門ですから、民営化したいという気持ちはよく分かります。でも、ことほど左様に、公立保育園の民営化を考える際に大事なのは、保育サービスをどう向上させるかではなく、とにかく自治体の金食い虫をどうにかしてくれという問題意識で始まっているところが多いということです。

住民との間で問題になっているのは、3ヶ月くらいの短い期間で児童と信頼関係をはぐくんできた従来の保育士さんと新しい保育士さんの引き継ぎをし、その過程について保護者とも十分な意見交換ができていないケースです。

ことは生身の子どもです。ずっと一緒だった先生(保育士)がいなくなる、そもそも支出を減らすための民営化で保育の質が保たれるのか、切実な話です。そして、当の子どもたちは、言葉をもちません。劇的な環境変化を円滑に進めるのには、保護者との意見交換や綿密な準備が不可欠です。

そういうのをすっとばして民営化を進めるのは、とんでもないことです。その子どもの健全な発育に誰が責任をとるというのでしょう。

過去、大阪高裁と横浜地裁で、公立保育園の民営化を違法とする判決が出ました。

横浜地裁の事件では、執行停止こそ認められなかったものの、本案訴訟では当該条例制定時には損害が発生することは予測できたという判断が判決理由に示されました。今回の神戸地裁決定は、横浜地裁の成果の上に、「そのとおり、とにかくやめろや」という判断をしたものです。

裁判で2~3年もやっていたら、当該園児はみんな卒園します。しかも、幼児の1日1日は大人以上に掛け替えのないものです。

そうした問題状況を正確に把握された神戸地裁の合議体はすばらしいです。そして入念な準備のもと裁判所を説得した弁護団のご努力には感服というか何というか、形容する言葉が見つからないくらいの感動を覚えま{す。

「行政が誤ったとき、司法はこれを改めなければならない」というのは、行政事件をやる弁護士はいつでもいうことです。今回の神戸地裁決定はそれを地でいってくれました。

千葉でも、頑張るのだと、決意に燃える秋元でした。

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