夏の読書感想文~「当事者主権」の明と暗(その2―暗)
前回(画面上では下)の続きです。
なるほど、「専門家」といわれる人たちの権威に負けていると、不利益を受けることがあるという話でした。したり顔をする「専門家」の「知見」にメスを入れるのは、やはり現場の苦労であり、生の事実です。困った!という被害です。「専門家」お仕着せではなく、当事者発の要求こそが、世の中を動かしていきます。何てったって「自己決定権」です。
ただ、僕も5年近く弁護士をして、いろんな運動に関わってみた感じからすると、そうそう一筋縄ではいかない感じがしています。
運動体の組み方にしても、「当事者主権」は旧来型の上意下達ではいけないといい、個々の市民の集合体のようなものをイメージするようです。たしかに、こうすると、教条主義的に凝り固まったイデオロギーからは解放されます。こうした「市民連絡会」的な組織形態は魅力的で、そうできたらいいと思います。でも、もともと他の何かで一致している人たちでないと動き出すのが大変です。資金や資材をどうやって確保するか、という問題もあります。「とりあえずの広がり」というのもなかなか困難です。実際のところは、その辺のバランスということになりましょうか。
それよりも気をつけなければならないのは、「利用者自身による福祉」という言葉そのものには、福祉切り捨ての逆説も含まれてしまう危険性です。
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